人気ブログランキング | 話題のタグを見る

パニック

それは突然やってきました。
双子①が、今まで経験したことのないパニックを起こし、一週間が経とうとしています。
この一週間は、家族全員がとても厳しく辛い現実と向き合いながら、一番苦しいであろう本人が少しでも楽になりますようにと願い続けた日々でした。・・・まだまだそれは続いていくのですが・・・・。

我が家の双子は、2人とも発達障害を抱えています。
ただ、タイプは全く違い、不器用でも性格は明るく、人懐っこい双子②。
とてもまじめでなかなか気持ちを前に出すことが出来ないけれど、そんなに激しく困ったこともなかった双子①。

どちらかといえば、双子②に随分手がかかっており、小学校への不安も大きかったのですが、ここにきてノーマークだった双子①が大変な症状を出しました。

一週間が過ぎたところで、ようやく私自身の気持ちも落ち着いてきたのと、これからの事を整理できたらと思い記録に残しておこうと思います。

双子①の発達障害からくる一番顕著な症状に「味覚過敏」がありました。
これはもう、随分小さい頃からあり、今も食べられるものといえば両手の指で足りるほどの品数程度しか口にはいりません。

しかし、この特徴は年齢が進むにつれ改善され、高学年になる頃にはほとんどのものが食べられるようになると聞いていたので、そんなに心配はしておらず、もう長いお付き合いなので、私も本人も食べることに関してはプレッシャーを持たないでいいくらい気持ちも落ち着いていました。

しかし、今回は今まで顔を出さなかった他の感覚過敏の症状が一気に出てしまい、その症状に押しつぶされるかのようにパニックがおこりました。

お昼にマックに出かけ、店に入ったとたん双子①が鼻と口を慌てて塞ぎました。そして耳も一生懸命に塞ぎ涙を流しています。私も驚いて「どうしたの?」と聞きましたが、おえーっとえづいてなかなか言葉が出ません。
慌てて店を出て、もう一度聞いてみると「匂いと声がだめなの・・・」と。
「何の匂い?どんな声が嫌だったの?」と改めて聞いてみると、その言葉さえもが不快な様子で耳を塞いで足をばたつかせ、居ても立ってもいられない状態に。

そして外に出たはいいけれど、今度は店の隣の工事の音にひどい不快感を示し泣き喚く・・・。
「お茶!お茶!」と、とにかくお茶を欲しがるのですが手元にはなく、近くのコンビに買いに行こうと車を走らせようとしても、双子①が私から離れようとせずなかなか運転もままなりませんでした。
なんとか治めてお茶を買い、お茶を含むことで少し落ち着いたので慌てて帰宅しました。

嗅覚の過敏がもっとも顕著に出たようで、家の中の匂いもダメ・・・・いい空気が吸いたいと暴れ、外に出てみるも、今度は車が走行する音が不快で泣き出し、「おかあさーん・・・おかあさーん・・・」と、なんとも言われえぬ辛そうな顔で立ちすくんで弱弱しく泣いていました。

家の中の空気を入れ替え、なんとか布団を敷くと毛布に丸まってガタガタ震える双子①。私の声も、双子②の存在も時にわずらわしく、不快で辛い表情を浮かべながら何度もお茶を飲んでいました。

私も、こんな酷いパニックをわが子が起こしたのは初めてだったので、どうしたらよいのかオロオロするばかりの上、苦しくて・・・でも、どうしてこんなに苦しいのか分からない双子①が、懸命に助けを求めて私に縋り付いてきた時に、涙が止まらなくなってしまい声をあげて泣いてしまうと、双子①が驚いて、苦痛で仕方のない表情のまま、懸命に笑おうとしてくれているようで、とてもとてもぎこちない形容の出来ない顔を作ってくれようとしている姿が更に忍びなく、胸が押しつぶされそうでした。

もう夕方遅くだったのですが、すがるようにお世話になっている療育施設に電話をしたところ、運良く担当をしてくださっていたOTさんが電話に出てくださり、明日一でDrの診察を受けさせていただけることに。
夜中何度も目を覚まして不快に震える子供に付き合って、一睡も出来ずに朝を向かえセンターに向かいました。車の匂いもダメ、外の景色もダメ・・・・センターに着くまでの道のりも本当に長く苦しいものでした。

神経過敏の症状に効くお薬を処方してもらったのですが、味覚も更に過敏になっていたので、「薬」という名前を出すだけで吐き気を催してしまいます。なので、水筒の中のお茶にこっそりお薬を混ぜて一日かかって薬を飲むという感じでした。

ここのところ、緊急の手術だったり、予期せぬ抜歯・・・そして新しく環境が変わること・・・双子①の中では辛かったり恐怖だったり、大きな不安が渦巻いていたのかもしれません。
なかなか思ったことを言葉や態度で出すことが苦手なようだったので、できるだけ話を聞いたり引き出すように心がけていたのですが、気がついてあげられない部分も沢山あったのだろうな・・・・。

こうやって状態が悪くなった時に初めて、フラッシュバックを起こしつつ、その時の苦痛を口に出すことも時々あり、あぁこんな風に思っていたのだなぁと初めて気がつくこともやはりありました。
随分と我慢をしてきたんだね・・・・ごめんね・・・気がついてあげられなくて・・・・本当に情けない。

お薬を飲みだしてから、少しづつ少しづつですが日に日に状態は回復しているようには思いますが、やはり波はあり時に強く症状が出ます。
特に嗅覚はいつまでも残っており、ここ一週間家の中で料理をすることが出来ません。出来合いのものを買ってきたり、外で食べてもらったり・・・・。特に双子②は、食事以外でも双子①に負担がかからないようにと随分我慢をさせてしまっています。

夜中に双子②が昼間我慢をしたであろう事柄を口走りながらうなされていることもあり、もう少し頑張ってと思いつつも申し訳ない気持ちで本当にいたたまれなくなります。

日中は調子が良いと、ずっとDSをしています。日に日にゲームをする時間が増え、お昼寝をする時間が逆に減ってきました。一日中ゲームをしているなんて、私的には信じられない生活・・・・なのですが、双子①にとってはゲームに集中することで、他の過敏な症状が和らいだりテンションも上がってくるので、ゲームを始めるとみるみる元気になっていくのです。

でも、やはりゲーム自体も刺激の一つ。ついには疲れ果て、不快な顔をしながら寝入ってしまうこともしばしばです。食事も全く取れないのですが、ゲームをして調子が出てくると、ふとポテチが食べられるようにもなってきました。

とても誉められた状態ではないけれど、何か元気に繋がる気持ちが落ち着けるものがあることと、症状を和らげる為の必需品ではあるようだけれど、水分補給という意味でもお茶が飲めること、そして栄養価は低くても不可欠な塩分がポテチで取れることに心から感謝をした私です。

一週間の中では、薬の副作用なのか、素因として彼が持っているものなのか、幻覚症状も出てしまい、この時の奇妙な顔つきは多分一生忘れられないと思います。もう、この先どうなってしまうのだろうと、不安で不安で涙が止まりませんでした。
先が分からない不安というものは本当に辛いこと。子供達の持つ発達障害の症状にも繋がることなので、ようやくその気持ちが分かったような気がしました。

後から後から不安は湧き出てきます。あと一週間で入学式。彼のペースで学校は通えばいいと思いはするものの、なかなか気持ちが落ち着かず、児童心理学を専攻の友人にも電話をして話を聞いてもらったりしました。
元の双子①にもどるのだろうか・・・・・漠然としたこの状態に向き合わないといけない毎日がそれは恐ろしくて、腫れ物を触るかのように子供に接している自分。

原因や発作のきっかけなど特定は出来ないのに、それを懸命に探しては楽になろうとしている自分・・・でも、結局分からずに、今までの何がいけなかったのか、これからどう共に歩んで言ったらよいのかつかめずに、堂々巡りの自分・・・・。

いろいろと話を聞いてもらう中で、あきらめることも必要と感じる部分と、希望を捨てることはないという気持ち半分でなんとか立っていられる状態かな・・・・今は。

そんな苦しい中で開催されたコンサート。
この場を離れてしまう不安の中、私自身の張り詰めた神経もギリギリのところだったので、それを察した私の母と主人が、少し歌ってリセットしておいで・・・・と送り出してくれました。
私もそうした方が良い・・・・と、弱い自分を情けなく思いながらも、それでも長くなるであろう闘いに打ち勝つためにもとコンサートに出演。

でも、やっぱり子供のことを忘れることなどできませんね。
歌詞は飛び、気がつけば歌わないといけないフレーズもボーっとして歌っていませんでした・・・。
それでも、元気の元には随分なったように思います。

家族それぞれが、既に限界を超えている生活。
どうかどうか皆の心が壊れてしまいませんようにと、そればかりを願う毎日です。
そして、一番苦しい思いに立ち向かっている双子①が、少しでも気持ちを楽に毎日を過ごすことができますようにと・・・・・・・もう少し自分の意思でコントロールできる年齢になってからの発症だったらどんなに良かっただろうとやはり思ってしまう私の弱さに恥ずかしさを感じながらも、双子①への希望も捨てずに頑張らなければと思っています。
by sawa-rainbow | 2010-03-31 00:27 | 家族のこと

オットと双子の男子の4人家族。私の好きなこと・毎日の暮らしを綴ります。


by sawa-rainbow
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31